世界のいかなる追悼施設にも、こんな輩は発生しませんよ。靖国神社は追悼施設ではない。コミケの待ち合わせ場所と同じ。そうやって遺族たちの場所を潰したのはネトウヨとウヨク。再起不能ですよ



こたつぬこさんがこたつぬこをリツイートしました
世界のいかなる追悼施設にも、こんな輩は発生しませんよ。靖国神社は追悼施設ではない。コミケの待ち合わせ場所と同じ。そうやって遺族たちの場所を潰したのはネトウヨとウヨク。再起不能ですよ。
不思議だと思いません?お盆の墓参りで子供がこんなポーズの写真撮影したら、坊さんや親戚に一斉にどやしつけられますよね。でも還暦過ぎたおっさんと嫁が靖国神社でこれやっても宮司も参拝者も文句も言わない。つまり靖国神社は追悼施設ではなく、幼児的全能感を大人が味わえる場なんでしょうね。
靖国神社なう。みんなおいで




敗戦記念日靖国神社に湧くコスプレ軍団にとっては、恐らく英霊が云々かんぬんというのは体のいい建前。連中は何となく愛国者してる自分に酔って、凛々しい(笑)軍服姿を見せつけたいだけの自己顕示欲の塊でしかない。まるで祭りにでも来たかのように満面の笑みで自撮り上げてる高須も同類。
靖国神社に行って満面の笑顔とか、ピースサインというのは、訪問の目的が慰霊なのではなく、靖国に批判的な人たちへの嫌がらせだと考えると説明がつくような気もする。「イエーイ、見てる?悔しい?」みたいな。

返信先: さん
いわゆる逆張りですね。靖国に反対する人がいないと成立しない再帰的自己同定。
返信先: さん
安倍さんが靖国に行ったときに「スカッとした」みたいな感想が結構あって、それって死者を弔うというのとはずいぶん遠い感情だなあと思ったのを思い出しました。非業の死を遂げた人びとを偲ぶというより、中韓に一泡吹かせてやったぜという感覚なんだろうなあと思うわけです。
返信先: さん、さん
北田先生が『嗤う日本の「ナショナリズム」』でご指摘のように戦後民主主義を否定することへの情熱に駆られているように見えます。理念的に再把握された戦前回帰というポストモダンな現象なのだと思います。民族派右翼が安倍やネトウヨを批判する理由もそこにあるかと
返信先: さん
北田さんがあの著作で分析した時点では、あくまで「リベラル」なものの否定が先にあって、ナショナリズム的なものはそのために取らられる仮構的な立ち位置ぐらいの認識だったのではないかと思います。だからこそ、括弧つきの「ナショナリズム」だったのでしょう現在ではおそらくその括弧は不要でしょうが、アンチに終始するタイプのナショナリズムは、その思想的な内実は全くもって重要ではないので間口が広い一方、「気持ちよければ、感動できれば何でもよい」的なご都合主義のファンタジーの侵入を容易に許す構造になっているような印象を受けます