政治学者・白井聡さんが語る、安倍政権の今 「ファンタジー」に支えられ/毎日

政治学者・白井聡さんが語る、安倍政権の今 「ファンタジー」に支えられ

対米従属どこまで 
米国に支配されているとの事実から目を背け、自発的に従属を続ける戦後日本の姿を「永続敗戦」というキーワードで論じてきた白井さん。4月には「国体論 菊と星条旗」(集英社新書)を著し、戦後日本が、天皇(菊)に代わって米国(星条旗)を頂点とする「国体」構造を抱えていると指摘した。 その問題が顕著に表れているのが、沖縄の米軍基地だ。冷戦時には日本の防衛のためだとされた基地の存在理由は「自由世界の防衛」「中国の脅威」などと変遷していく。それはなぜなのか。自民党を中核とする日本の政治権力が「『アメリカの命令に従う理由を見つける』ことに狂奔してきた」からだ。このような状態を同書では、米国を頂く国体ゆえの「異様なる隷属」と呼ぶ。 <本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え、自らが奴隷であることを否認する奴隷である。さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以(ゆえん)は、どれほど否認しようが、奴隷は奴隷にすぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し誹謗(ひぼう)中傷する点にある> 確かに、沖縄で相次ぐ米軍ヘリの事故を国会で野党議員がただすと、「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばす自民党議員がいた。普天間飛行場近くの小学校に児童を通わせる保護者から抗議の声が上がると「後から学校を建てたのに文句を言うな」との電話が殺到する。まさに「異様なる隷属」ではないか。 戦後日本が「敗戦」を「終戦」とごまかす一方、平和と繁栄を手にしてきたのも事実だ。「しかし、冷戦終焉(しゅうえん)以降、米国は日本を収奪の対象としてきた。それにもかかわらず、米国による支配という事実を日本人は否認している」 新著は刊行1カ月で5万部に達したという。「対米従属から脱却せよ」とのメッセージが国民に浸透してきたのか--。白井さんは間髪入れず、「まだまだ伝わっていないに決まっている。その証拠に、絶対に脱却したくない人たちが権力を握り続けているのですから」。第2次安倍政権発足から約5年半。相次ぐ不祥事などで衰えが見えるとはいえ、安倍1強政治が続く。この間、集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法が成立し、米国の戦争への自衛隊の参加も現実味を帯びてきた。 今春、朝鮮半島情勢が大きく動いた。中朝首脳会談、南北首脳会談が行われ、6月には初の米朝首脳会談が開催される。安倍首相は「対話よりも圧力」と主張してきたが、日朝首脳会談に言及し始めた。 「外から右向け右と言われれば右に向く。外交方針も主権国家たることを自発的に放棄しているわけです」と白井さん。日本が蚊帳の外に置かれているようにも映るが、安倍首相は「取り残されているという懸念はまったく当たらない」と強調する。白井さんは「近いうちに『閣議決定』するんじゃないですか。日本は蚊帳の外ではない、と」。 白井さんは「自民党を中心とする日本の支配層が朝鮮戦争終結を嫌がっている」とみる。「朝鮮戦争が終わってしまったら、米軍が日本に駐留する大きな根拠の一つが失われるからです。対米従属の物理的基盤が失われかねない」 では、トランプ米大統領朝鮮半島の問題解決にどこまで本気なのだろうか。トランプ氏の背後には、巨大な米軍需産業があるからだ。 白井さんは「そこが微妙かつ恐ろしいところ。朝鮮半島問題と、イラン核合意の離脱問題が連立方程式になっている。誰が大統領になっても定期的に戦争をしないと立ち行かないというのが米国の構造的な病気です。今後、全く戦争をやらないということは考えにくい」。そして戦争になったとき、日本に求められるのは「戦前の天皇制のように、天皇である米国のために、血を流せということなのです」。「やってる感」を演出 内政でも安倍政権は、森友・加計問題や財務省の公文書改ざん・セクハラ問題など次から次へと不祥事が続く。しかし毎日新聞の4月の世論調査では、前月から3ポイント下落したとはいえ依然30%の内閣支持率を保っている。 白井さんは意外なことを口にした。「2年前に映画『シン・ゴジラ』をみた時、この映画に熱狂する人たちと安倍さんを支持する人たちの姿が重なった」 ゴジラの出現という大規模災害を連想させる事態が発生し、国の機関に携わる人たちが、さまざまな政治的思惑や制約の中で連携・奮闘し、収束に向かわせるというのが粗筋だ。「この映画をみて感じたのは、東日本大震災、とりわけ原発事故で統治エリートの無能がさらけ出されたことへの『反動』です。僕はあのとき痛感しました。この国は経済や政治の世界であれ、統治機構がもう少しまともだと思っていたが、そうではなかったと。この映画はその逆を描いている。『統治機構が実はこんなに頼りになる』というファンタジーを信じたい人たちが大勢いるようです」 安倍政治を支えるのは、統治機構の漠然とした「健全性」を信じたい人たちだとみる。このファンタジーを信じさせる「装置」は何か。白井さんは続ける。「安倍さんは名言を残しました。『何かをやっている感じが大事だ』と。これはまさに今日の時代精神です。本当にやっているかではなく、そう見えることが大事だと」 この「やってる感」は、御厨貴・東京大名誉教授らの著書「政治が危ない」(2016年)に記された安倍首相の言葉だ。御厨さんが「アベノミクスは本当に成功したんですかね」と尋ねると、首相は「『やってる感』なんだから、成功とか不成功とかは関係ない」と言ったとされる。 白井さんはこんな例えを口にした。「日本はディズニーランドなんですよ。夢の国の中にいれば、外の世界は見えない。でも東日本大震災のときは停電もあって『休園』になった。いくら夢の国でも、地震という客観的なものには勝てないのです」 大震災後、民主党(当時)政権が倒れて再び安倍政権が誕生したが、公文書改ざん問題などが示すように統治機構の「健全性」は大きく揺らいでいる。

 ■人物略歴

しらい・さとし

 1977年、東京生まれ。早稲田大卒、一橋大大学院博士課程単位修得退学。現在は京都精華大人文学部専任講師。