性暴力被害・「#Me Too」(私も)

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米ハリウッド映画界の大物プロデューサーのセクハラ疑惑報道をきっかけに、女性らが過去に受けたセクハラや性暴力被害を会員制交流サイト(SNS)に投稿する動きが世界中に広がっている。
合言葉は「MeToo(私も)」。
日本でも、レイプ被害を告発したシャーナリストの伊藤詩織さん(二八)に触発され、被害の一部が声を上げ始めた。
(池田悌一、安藤恭子、望月衣塑子)

映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタイン氏(六五)のセクハラ疑惑をスク
ープしたのは、先月五日の米紙ニューヨーク・タイムズだ。
ワインスタイン氏が過去三十年間、女優やモデルにセクハラ行為を働き、「少なくとも八人の女性と和解した」と報じた。

ワインスタイン氏は約四十年前、弟のボブ氏と大手映画制作会社「ミラーマック
ス」を創業。
一九九〇〜二〇〇〇年代、「恋に落ちたシェイクスピア」「シカゴ」など数多くのアカデミー賞作品を手掛けた「ハリウッド最大の実力者」だ。

権力を利用した行為に非難が相次ぎ、既に四十人以上がセクハラ被害を訴えている。女優アンジェリーナ・ジョリーさん(四二)はニユーヨーク・タイムズの取材で「九〇年代後半、ホテルで望まない関係を迫られた」と告白。

女優グウィネス・パルトロウさん(四五)も「映画の主役に選ばれた後、ホテルの部屋でマッサージするよう迫られ拒否した」と同紙に証言した。

ロサンゼルス市警などが捜査に着手する事態に発展する中、米女優アリッサ・ミラノさん(四四)が先月十五日に発信したツイートが大きな反響を呼んだ。

「セクハラや性的暴行を受けたことのある全ての女性が『Me Too』と書けば、問題
の大きさを分かってもらえるのでばないか」ー。

ネット上には、ミラノさんに呼応したハッシュタグ「#Me Too」付きの投稿があ
ふれた。
具体的な行動に結びついたケースもある。

先月二十九日、フランス各地では「#Me Too」を合言葉に数千人がデモ行進し、
「セクハラにNON」「フランスでは八分に一人がレイプ被害」などと書かれたプラカードを掲げた。

ノルウェーでも同日、国会前でデモが繰り広げられた。
日本人女性も「#Me Too」を付けて「三十年以上前なのに、思い出すと吐きそうになる」「小学生のころ体を触られた恐怖心が、まだ染みついている」などと苦しい胸の内を書き込んでいる。

日本では「#Me Too」運動に先立ち、性犯罪を厳罰化した刑法改正議論の際も、被害者が自らの体験を語っている。

その象徴的存在となった伊藤さんは五月末、元TBS記者の男性から性暴力を受けたとして素顔、実名公表での記者会見に踏み切った。
先月には手記「Black BOX」(文芸春秋)を出版した。

今月十三日には、元厚生労働事務次官村木厚子さん(六一)がシンポジウムで、幼少期に近所の男子生徒から体を触られた経験を明かし、「ずっと誰にも言えなかった。
でも大切な自分の権利が侵害されたということは言った方がいい。
声を上げていくことが大事だ」と呼び掛けた。

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作家の森まゆみさん(六二)も「#MeToo」に共感した一人だ。「辛い経験でも、みんなで話して詩織さんに連帯しましょう。自分の意思に反して、何事も強制されない社会を作るために」。
先月末、過去のセクハラ被害をフェイスブックで打ち明けた。

出版社に勤めていた二十代のこと。
社長にキスされ、抱きつかれるなどされた。
男女雇用機会均等法のない時代、やっと得られた職場を失いたくはなかった。当時『セクハラ』という言葉はなく、一人で悩み親にも言えなかった。社長は他の女性社員にも同じことをしていた」と記した。

社長と二人きりになるのを避けながら耐えた。
「忘れたい」という思いばかりで四十年間封印してきたが、伊藤さんの会見報道に接して「勇気をたたえたい。一人にしてはいけない。今こそ自分も吐露しなければ」と決意したという。

「女性を大切にする男性たちにもぜひ連帯してほしい。嫌なことは嫌だ、と声を出して言える社会を作っていかなければならない。『#Me Too』の世界的な流れは、日本社会を変えていく良いチャンスだ」

性暴力経験をブログで伝えているライターの棟木(むくのき)愛美さん(三一)=島根県=は「この経験は一生心に抱えていくのだと思う。それでも発信するのは自分が前に
進むためだ」と強調する。

棟木さんは大学生の時、友人の男性から性行為を強要された。
嫌なのに抵抗できず、被害に遭ったと認識するまでに二カ月を要した。
傷つくことを恐れて警察にも相談できず、「生きている価値なんてない」と自分を責めた。

「#MeToo」運動には「声を上げるも、上げないも、その人の判断を尊重したい」と前置きしつつ、「LGBT性的少数者)への理解と制度が一気に進んだ時を思い出す。

被害者が経験を打ち明けたいと思った時、心のハードルが下がればいい」と願う。
七月に施行された改正刑法では一九〇七(明治四十)年の制定以来、性犯罪に関する規定が初めて大幅に見直され、法定刑が引き上げられたほか、男性が被害者の場合や、告訴がないケースでも罪に問えるようになった。

しかし、強姦罪から強制性交等罪に罪名が変わっても、加害者側の「暴行」「脅迫」が罪の構成要件になることば変わらず、被害者側の立証のハードルは依然として高い。

性犯罪と法の問題に詳しい角田由紀子弁護士は「日本の司法や制度は長らく男性側の視点に立って、被害者を無視し、被害の実態を押しつぶしてきた。

「#Me Too」や実名での告発が広がることで、被害を話すことが肯定的に受け止め
られる風潮がようやく生まれてきた」とみる。

性暴力の撲滅に取り組むNPO法人「しあわせなみだ」(東京)の中野宏美代表は「声を上げれば、偏見や心ない言葉にさらされるかもしれない、。

でも、その思いは他の経験者や応援する人たちに届き、勇気を与える」と評価する。
一四年度の内閣府の調査によれば、異性から無理やり性交されたことがある人のうち、加害者の74%は、交際相手や家族、職場関係者などの知人だった。

中野さんは「性暴力はごく身近に起きている。決して特別なことじゃないと知ってほしい」と警鐘を鳴らした上で、「忘れてならないのは、声を上がざるを得ないほど、ひどい現状があることだ」と力説する。

「性暴力後のケアが充実し、適切な捜査で加害者が罰されていれば、公に向けて経験を発信しなくてもいいはず。日本でも『「#Me Too」』の声が高まることで、性暴力は絶対に許されない、という抑止につながればいい」

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