昭和天皇と本庄繁侍従武官長のやりとりもリアルタイムで国民に報道されていたなら、天皇の意に反して機関説排撃を展開した蓑田胸喜や菊池武夫は、当時の言葉で言う「朝敵」「逆賊」として糾弾の的になっていただろう



もし1935年の日本に完全な「報道の自由」が存在し、昭和天皇と本庄繁侍従武官長のやりとりもリアルタイムで国民に報道されていたなら、天皇の意に反して機関説排撃を展開した蓑田胸喜菊池武夫は、当時の言葉で言う「朝敵」「逆賊」として糾弾の的になっていただろう。今の日本の状況はどうか。

『「天皇機関説」事件』で描いた当時の日本と現在の類似点 山崎雅弘 

http://shinsho.shueisha.co.jp/seidoku/index17042.html

天皇機関説を排撃した軍人や右翼団体は、美濃部らを攻撃する際に「天皇を侮辱している」などと決めつけましたが、実際には当時の昭和天皇天皇機関説の内容を了承し、美濃部に対しても「優れた学者だ」と認めていました。そして、天皇機関説を排撃する軍人や右翼団体の動きに対して「やりすぎだ」と嫌悪感を示してさえいました。 つまり、口先で「天皇崇敬」を叫び、自分が天皇の側にいるかのように印象づけて相手を威圧した軍人や右翼団体は、実際には天皇の意志に反する行動をとっていたのです。こうした「表面的には天皇を礼賛するかのような言葉を口にしながら、実際には天皇の意向に反する行動をとる人間」は、現在の日本でもあちこちで目にすることができます。