「女子の就学率が低いのは頭が悪いから」のウソ 優秀な女子の潜在能力を活かせ!

「女子の就学率が低いのは頭が悪いから」のウソ 優秀な女子の潜在能力を活かせ!

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 先月、PISAとTIMSSという国際学力調査の結果が立て続けに公表されました。
 本連載ではこれまで、日本の女子の高等教育就学率の低さSTEM系(いわゆる理系)学部における女子学生の少なさトップスクールにおける女子学生の少なさ、といった日本の女子教育の課題を指摘してきました。それらの記事に対する反論として少なからず見えたのが「テストの結果だから仕方がない」という感想です。しかし国際学力調査の結果を見ると、日本の女子は他の先進国の女子と比べて理数系科目で平均的にも優秀な成績を残していますし、トップ層の割合も分厚くなっています。つまり、日本の女子教育の課題は、女子の低学力に起因しているというよりも、別の要因に大きな影響を受けていることが読み取れます。
 前回は女子向けの奨学金という金銭的な要因への解決策を提示しましたが、今回は高等教育以前の“慣習的な壁”に取り組む方法を提示したいと思います。

日本の女子は平均的にも、トップ層の厚さでも、理数科科目でも世界的にトップクラス

 PISAとTIMSSは測定している能力が異なっています。PISAは読解力や科学的リテラシーなどを測定するもので、TIMSSは算数・数学、理科のカリキュラムの習熟度を測定するものです。そのため二つの調査結果を一概に比較することはできませんが、実施対象の学年の学力がどれぐらいの水準にあるのかを把握することはできます。
 日本の女子の理数系の学力をOECD諸国の女子のそれと比較していきましょう。まずは小学校4年生で実施されるTIMSSの結果と、15歳の段階で実施されるPISAの結果です(TIMSSは中学校2年生時点でも実施されますが、PISAと実施段階が近いので、字数の関係で詳細は省略します)。
 図1が示すように、日本の女子の小学校4年生段階での学力は、数学・理科ともに韓国に次ぐ2位と、OECD諸国の中でも極めて高い水準にあることが分かります。日本国内での男女の学力を比較しても、理科数学共に有意な差は存在していません。そして図2でも、日本の女子の15歳時点での学力は、数学では韓国に次ぐ2位、科学ではフィンランドエストニアに次ぐ3位と極めて高い水準を保持していることが分かります。
 これらの結果から日本の女子は小学校・中学校とOECD諸国の女子と比べて理数科科目で高い成績を残しているにもかかわらず、OECD諸国の女子と比べて大学に進学もしないし、STEM系の学部へも進学しないということが読み取れます。
 上の図は、PISAにおける、日本の女子の高学力層の分布です。高学力に分類される日本の女子の割合は、数学では韓国に次ぐ2位、科学でもフィンランドに次ぐ2位と、OECD諸国の女子と比べて多いことが分かります。日本の女子の高学力層は15歳時点ではOECD諸国の女子と比べて分厚いにもかかわらず、大学進学の段階になると先進諸国の女子と比べてトップスクールへ進学していない現状があることがお分かりいただけたかと思います。
(注: 「日本の女子はOECD諸国の女子と比べれば優秀ではあるが、日本の男子と比べると学力が劣るため、現状のようになっているのではないか」と思われるかもしれません。確かに日本は、PISAでは男女間の学力差が存在する国に分類されますが、それでも連載で取り上げてきたほど大きな進学行動の差が出る学力差とは考えづらいです。また、中学校2年時点でのTIMSSでは、有意な差ではないものの理科でも数学でも女子の方が男子よりも好成績を収めています)
 国際学力調査の結果を見ると、試験の結果が進学行動へと結びついていないという日本の現状が浮き彫りになります。このような現象が発生するのは、教育の収益率が低い・明示的ではない(前回の奨学金政策はこれへの対処策になります)、女子教育の環境に問題がある(次回扱います)など、いくつかの原因が考えられます。その他に、“女子に対する慣習的な壁”が存在することも挙げられるでしょう。国際機関では、女子教育に限らず、人権を行使する上で障壁となっている慣習的な壁を打破するために、開発のための対話(Communication for Development: C4D)という手法を用いて、権利の保有者と人権に対して義務を負うものに対して働きかけをすることがあります。以下ではC4Dを用いた女子教育推進への取り組みを紹介したいと思います。

開発のための対話(C4D)を用いた教育政策

 「開発のための対話」は聞きなれない言葉だと思いますが、この手法はエボラ出血熱やジカ熱対策でも用いられた、国際協力分野では注目を集めているものです。
 簡単にまとめると「対話を通じた行動変容や社会慣習の打破によって人権侵害が発生している状況の改善を目指す」というものです。教育分野では、村の長老や宗教的指導者・保護者や地域の住民・子供たちそれぞれに教育の重要性を説き、考えてもらうことで、例えば「男子は一日でも早く働いて一人前になるべきだ」とか「女子は早く家事を身につけ子供を産むべきだ」といった、子供たちが教育を受ける権利を行使するうえで阻害要因となっている慣習的な壁を、社会規範や行動変容によって打破するためにこの手法が用いられることが多くあります。
 この手法を日本の女子教育問題に適応すると、以下のような働きかけができるのではないでしょうか。
■高校の教員への働きかけ
高校の教員は、進路選択を控えた子供たちにとって身近なロールモデルとなるだけでなく、進路指導を通じて子供たちの進学行動に大きな影響を与えます。日本の女子が学力のわりにSTEM系やトップスクールに進学していないことを考えると、文理選択を控えた生徒に「男子は理系、女子は文系」と思い込んだ助言を与えたり、進路選択を控えた男子には挑戦させるような受験校を薦めるが、女子には手堅い受験校や手に職系の学部を無意識のうちに薦めたりする、といった行動が一部で起こっていることが考えられます。教員養成課程や現職研修の機会を通じて、能力以外の要因で高等教育へのアクセスが阻害されるのは子供の権利条約に反する人権侵害であること、男子と女子に平等に接することを働きかけていくことができるでしょう。
■家庭への働きかけ
保護者も、教員同様に子供たちの進学行動に大きな影響を与えます。日本の女子が学力のわりに高等教育を受けていないことを考えると、「女の子に教育は必要ないし、教育を受けると結婚できなくなる」「息子は浪人しても良いけど、娘が浪人するのはちょっと……」といった考えをもった保護者が一部にいることが考えられます。PTAなどの機会を通じて、教員に対する働きかけと同様のものを実施していくことができるでしょう。
■子供たちへの働きかけ
子供たちが学習・進学行動を決めるうえで、子供たちの間での相互作用(ピア・プレッシャー)も大きな影響を与えます。例えば、ある女子生徒が理系選択を考えていたとしても友人が全員文系選択なので文系を選択する、またこれと逆にあるグループの一人がグループ全員と異なる学習・進学行動を取ろうとするのをグループとして抑制する、ということもあるかもしれません。教員や保護者に対してのように生徒会などを通じた働きかけだけでなく、友人同士など自分たちで話し合う機会を設けてあげることも重要でしょう。

まとめにかえて―時代は変わった。日本社会は変われたか?

 人権アプローチの観点からはもちろん、経済アプローチの観点から考えても、日本を筆頭に、ほぼ全ての先進国で「女子に教育はいらない」という時代は終わったと考えられます。かつては人口増によって労働人口も増え続けていましたが、現在は減少する労働人口を補うため、生産性の向上と女性(ないしは外国人)の労働参加が必要になりました。かつては石炭産業など力勝負の仕事が多く存在しましたが、現在先進国では知識やスキルが物を言う第三次産業が主流となり、女性の活躍の場が広がりました。また離婚が稀だった時代ではなくなり、離婚率が上昇し、日本でも教育水準の低い女性を中心にシングルマザーの貧困問題が顕著になっています。
 女子に教育はいらないという時代は変わりました。日本社会はそれに合わせて変われたといえるのでしょうか?
 日本はかつてGDPで世界一の座をうかがう経済大国で、国民一人当たり所得もOECD諸国で二位と豊かな国で、途上国支援の額も世界第一位と国際社会で名誉ある地位を占める国でもありました。しかし現在、GDPで2位の中国に倍近い差をつけられただけでなく、国民一人当たり所得もOECD諸国で20位まで窮乏化し、ODAの額でも首位に倍の差をつけられ5位へと転落しています。
 ひょっとすると石炭産業を復活させたり、企業の国外流出を抑止したり、移民の流入を抑えることが、日本経済復活に向けた一手なのかもしれません。しかし、現在の日本の女子教育の惨状を考えると、C4Dによる女子教育の推進・女性の労働参加の充実の方がメイク・ジャパン・グレート・アゲインの近道ではないでしょうか?
 さて、本文中でも触れましたが、次回は日本における女子教育の環境についてお話したいと思います。