トランプ支持層と「ナチス台頭時」に支持した階層はきわめて似ている
気まぐれな選挙の神様
今回のアメリカ大統領選は「世紀の番狂わせ」となり、悪評が高かったトランプ氏が勝利した。
本稿執筆時点(11月14日)では、まだ未確定の選挙人が20人いるようだが、トランプ氏の獲得した選挙人の数が290名、クリントン氏が228名なので、逆転はないようだ。
つまり、今回の大統領選はやはり大接戦で、「選挙人制度」のマジックが偶然、トランプ氏有利に傾いた可能性が高い。
米国では、世論調査をもとにはじき出した主要メディアの選挙予測がことごとく外れたことが問題になっている一方、インドのベンチャー企業が開発したといわれるAIを用いた予測モデルがトランプ当選を「的中させた」と話題になった。
筆者は、選挙予測の方法やその原データとなった各種世論調査の方法を詳細に知っているわけではないが、「得票数ではクリントン、選挙人ではトランプ」という結果を考えると、ほぼ両者の勝利確率が50%に近く、どちらが勝ったとしても「誤差」の範囲内だったのではないかと考えている。
気まぐれな選挙の神様が放り投げたさいころが、たまたまトランプ当選の方向に転がったのではなかろうか。
だが、ツイッターのつぶやきの数の差が直接的に両候補の人気の差に現れてくるという単純な関係が正しいとは限らない。
したがって、トランプ当選以降、「私はトランプ当選を的確に予測していた」と宣言する識者が保守系の論客を中心にどんどん出てきているが、それは「トランプ当選の希望が叶った」という程度の話で、「予測」たる精緻な科学的根拠は何もなかったと思われる。
ある識者などは、「最近の大統領選では共和・共和・民主・民主という順番だったので、次は共和党候補に違いない」というのがトランプ勝利を予測した根拠だと得意げに話していたが、全く話にもならない与太話である。
トランプ支持者は意外と裕福だった
トランプ勝利が確実になって以降、マーケットが右往左往しているのは、トランプ候補の政策(特に経済政策)に全く関心がなく、慌てて、ヘッドラインだけをみて条件反射で取引したことを示唆しており、「コンティンジェンシープラン」を事前に作成しておかなかった基本的なリスク管理の不備ではなかったかと考える。
また、今回の大統領選では、トランプ氏の破天荒な発言が、リベラル層が圧倒的な支配力を有するメディア業界の逆鱗に触れ、トランプ氏の支持層についての情報も、端的にいえば、「教養のない軽蔑すべき、しかも暴力的なファシスト」といった類のものしか報道されていなかったように思われる。
だが、11月2日に調査会社「ギャロップ」のエコノミストらが発表した論文「Explaining nationalist political views: The case of Donald Trump(ナショナリストの政治的見解:トランプ支持者のケース ※邦題は筆者が勝手につけたもの)」は、メディアによって作り上げられたトランプ支持層とは幾分異なった分析結果となっている。
これによると、トランプ支持者は、イデオロギー的には、共和党支持者の中でも特に「保守色」が強く、しかも自由貿易に反対、強い移民規制を実施すべきだと回答する傾向があるという。これは、トランプ支持者のプロトタイプである。
だが、このようなトランプ支持者の属性をさらに細かく分類していくと、以下のような特徴が判明したという。
①トランプ支持層は必ずしも低所得層ではない。むしろ、所得の中心値はトランプ不支持層を上回る。居住する地域の生活費を調整した実質所得では、トランプ不支持層との格差はさらに拡大する(すなわち、トランプ支持層のほうが裕福である)。
②トランプ支持層は不支持層に比べ、パートタイマーや失業者の割合が低く、正社員比率が高い。
③ただし、トランプ支持層は、生産従事者、建設労働者、修理工、運転手等のいわゆる「技術をもったブルーカラー層」が多い。彼らの教育レベルは必ずしも高くなく、彼らの多くは、その理由は、自分自身の教育レベルが高くないためだと現状に不満を抱いている。だが、飲食店、ヘルスケア、清掃業等のサービス業従事者よりも給与水準は高く、しかも、雇用は安定している。
④トランプ支持層の「技術をもったブルーカラー層」は中小企業の経営者か、もしくは個人事業主であるケースが多い。そのため、安価な外国人労働者を雇ったり、安価な輸入品を用いるなどして、コスト削減を行うインセンティブを有する。すなわち、移民や自由貿易体制で必ずしもデメリットを受けているわけではない。
⑤トランプ支持層は、金融資産を多く保有する「富裕層」ではなく、収入は勤労所得、及び、社会保障給付から得ている階層に多い。また、住宅ローンを抱えている世帯が多い。だが、その一方で消費者ローンの残高は低く、不動産価格の値上がりによる住宅の買い替えの経験も少ない。
⑥トランプ支持者の中心は、40歳以上の非ヒスパニック系の白人男性で、圧倒的にクリスチャンが多い。彼らは、経済的な利害よりもアメリカ白人文化の伝統を重んじると回答している。その一方で黒人の支持層は極めて低い。
この結果は、選挙直後にCNNが行った出口調査の分析とは幾分異なるところがある。ただ、以上のような特徴をもった階層がトランプ勝利の原動力となったのだとしたら、非常に興味深いことである。
ナチスに投票した階層との類似
そして、ナチスが民主主義の手続きで勝利したということも、今回の米国大統領選挙同様、「世紀の番狂わせ」の代表例となっている。
さらにいえば、両者には類似性がある。ハーバード大学のゲーリー・キング教授らの研究論文「Ordinary Economic Voting Behavior in the Extraordinary Election of Adolf Hitler(ヒトラー台頭という異常事態での経済的には平常な投票行動についての研究 ※邦題は筆者が適当につけた)」では、ヒトラー率いるナチスに投票した階層を精査すると、以下のような特徴があったとしている。
1)失職リスクの小さい中小企業、及び個人事業主中心の「技術職」、国内産業従事者(つまり、貿易業や金融業ではない)
2)所得レベルは中程度で貧困層ではない
3)(当時のドイツに重くのしかかっていた)第一次世界大戦時の賠償金支払いが長期間続くことに対して大きな不満を抱いていた
4)保守的なカトリック教徒が多かった
これは、今回の米国大統領選でトランプを支持した階層に極めてよく似ている。
筆者が注目するのは、ナチス台頭を牽引した階層が、当時のドイツが負っていた多額の賠償金支払いが今後も長期間続くことに対して強い不満を持っていた点である。
国家の責任による敗戦のツケを払わされることが不満であるのは当然だが、この不満が高まり、前面に出てきた背景には、恐慌による所得の減少とデフレによる実質的な借入負担の増大が重なった点が大きかったと思われる。
経済状況が厳しさを増す中、賠償金負担は変わらず、しかも、政府は自分たちの生活環境を改善させるような政策を打ち出さないでいる。これに対する不満が、当時のドイツ人に、ナチスの「ハイリスク・ハイリターン」な政策を選択させたのではなかろうか。
この賠償金負担は、今回の大統領選でいえば、リーマンショックに相当するものであるといえよう。米国経済はマクロ経済的には、確かにリーマンショックの影響から脱したかのようにみえる。だが、今回トランプを支持した階層にとってはまだ十分な回復ではないという印象が強い。
そんな中で、クリントン陣営は、自分たちより下の階層(「貧困層」)に対しては積極的な支援を行おうとしているが、トランプ支持層に対しては、場合によっては増税によってさらに経済状況を悪化させる政策をとるかもしれないという危機感を生じさせたのではなかろうか。
また、貧困層に向けた手当てが、たとえ自分たちの生活を苦しくすることになっても、「道義的に正しい」と、特に、リベラルなマスメディアに対して、明確に表明できなかった点が、「隠れトランプ派」を生み出した原因ではないかとも考える。