「あんな暴力的な採決が可決になったら我が国の民主主義は死にます」今起きてる憲法クーデターを許さない。

「あんな暴力的な採決が可決になったら我が国の民主主義は死にます」今起きてる憲法クーデターを許さない。

憲法クーデター
今回、審議されている安全保障法案は、日本の将来に極めて重大な変容をもたらすものである。
11本もある法律はそれぞれ憲法9条のもとでこれまで抑制されてきた自衛隊の海外での武力行使、武器使用等について大幅な緩和をもたらす重大な問題が含まれている。
集団的自衛権行使容認が違憲であることは圧倒的多数の憲法学者や元最高裁長官、元最高裁判事までが明確に主張している。
違憲な法律はそもそも無効であり、制定することは許されない。ところが、こうした声がすべてシャットアウトされ、無視されたまま採決に至った。しかもかくも暴力的なやり方で。
山口繁元最高裁長官は、朝日新聞のインタビューで以下のとおり語っている。

――安全保障関連法案についてどう考えますか。

少なくとも集団的自衛権の行使を認める立法は、違憲と言わねばならない。我が国は集団的自衛権を有しているが行使はせず、専守防衛に徹する。これが憲法9条の解釈です。その解釈に基づき、60余年間、様々な立法や予算編成がなされてきたし、その解釈をとる政権与党が選挙の洗礼を受け、国民の支持を得てきた。この事実は非常に重い。
長年の慣習が人々の行動規範になり、それに反したら制裁を受けるという法的確信を持つようになると、これは慣習法になる。それと同じように、憲法9条についての従来の政府解釈は単なる解釈ではなく、規範へと昇格しているのではないか。9条の骨肉と化している解釈を変えて、集団的自衛権を行使したいのなら、9条を改正するのが筋であり、正攻法でしょう。
――「法案は違憲」との指摘に対して、政府は1972年の政府見解と論理的整合性が保たれていると反論しています。
何を言っているのか理解できない。「憲法上許されない」と「許される」。こんなプラスとマイナスが両方成り立てば、憲法解釈とは言えない。論理的整合性があるというのなら、72年の政府見解は間違いであったと言うべきです。
出典:「9条解釈、変更するなら改憲が筋」 元最高裁長官語る
最高裁長官の意見は、法律家の常識を代弁するものである。極めて当たり前のことであるが、彼のような人が公に語らざるを得ないという状況は、現代の憲法的危機の深刻さを象徴している。
こうした意見を何ら真摯に受け止めず、耳を傾けないというのは、政権・与党が、憲法違反の確信犯であり、憲法違反を知りつつ暴走していることを意味する。
憲法99条に定められた、国会議員・公務員の憲法尊重擁護義務を無視する、憲法クーデターに他ならない。
このようなことがまかり通れば、これからも、このようなかたちで日本の戦争参加が決められ、憲法違反の人権侵害立法が決められ、若者たちが戦争に動員される法律が決められてしまうであろう。